友人の晴れの結婚式に、不純な動機で友人代表スピーチを引き受けた男が一人……大作戦の全記録。
数年前、友人の一人が結婚しました。
お相手の方は友人の二つ年上で、古い言い方をすれば「姉さん女房」ということになります。
保母さんで、気立てもよく器量良しで、また、私に女友達まで紹介してくれたこともある、非常によく出来た方です。
約二年間付き合った二人が、晴れて結婚するということで、私たち友人一同は、心から二人を祝福したものでした。しかし、私にとっては、その結婚は、同時に困った事態をも引き起こしたのです。
披露宴での友人代表のスピーチの依頼が、私に回って来てしまったのでした。
さてどうしよう。私はスピーチなんてこれまで一度もしたことありません。プレッシャーが襲い掛かります。
しかし、そこは基本的に前向きな精神のカタマリである私のこと。すぐにチャレンジ精神がプレッシャーを駆逐しました。さらに私の中の計算高い部分が、私の中に棲んでる野獣と相談し、素晴らしい可能性をも導き出したのです。
このスピーチで成功したら、披露宴の二次会で、女の子に必ずもてるに違いない!
ガウ! 私の中の野生熊も大いに賛同します。
さて、そういうわけで結婚式にはおおよそ似つかわしくない、非常に不純な動機で、私は友人代表のスピーチを引き受けたのでした。あ、もちろん友を純粋に祝福する気持ちもあったんですよ。いや本当に。
さて、いよいよ披露宴当日――。
披露宴の司会は、地元では有名な、地方局の女性アナウンサーでした。
良く通る澄んだ声で、女性アナウンサーは披露宴を進めていきます。そしていよいよ女性アナウンサーが私の名を呼びました。
その声は、私には戦いの始まりを告げる角笛のように聞こえました。
拍手の中、私は緊張と意気込みを共に壇上にたち、朗々と読み上げました――
彬(仮名)君、沙美(仮名)さん、ご結婚おめでとうございます。
私は……
続きはこちらで >> 【結婚式で読み上げた、友人代表挨拶 1】
この度は、おめでとうございます。
読み上げると拍手が会場に沸き起こりました。
ただ、拍手は多いとも少ないとも取れない微妙なもので、スピーチが(女の子に)受けたのかどうか、私は確信をもてせんでした。
しかし私にとって、実は勝負はまだ終わってなかったのです。
一通りスピーチが終わって、新郎新婦がお色直しをして戻ってきます。
司会の方が進行を続け、そして再び、私の名が呼ばれるときがやってきました。
そうです。私は披露宴で定番の、カラオケにもエントリーしていたのでした。
それもわざわざ新郎に頼んで、順番を一番にしてもらっていました。
歌った歌は「Love is…」河村隆一の名作です。
披露宴で友人代表として名前を呼ばれる――それだけで女の子が、私の身元にある程度の安心感を持つだろうことは確実です。そしてそのスピーチの内容が誠実であれば誠実であるほど、私は好印象をもたれるはずでした。なおかつ二度名を呼ばれることがあれば、名前を覚えてもらいやすくなると同時に、新郎と私の友情の深さをも感じさせます。友情に厚い一人の男が、こうして(女の子に)認知されていくという寸法でした。
あとはこの歌で(女の子を)感動させることが出来れば完璧です。そしてそのために私は事前にカラオケでこの歌をパーフェクトにマスターしていたのでした。もう目をつむっていても歌えます。
目的達成のためには手段を選ばず、努力を惜しまない――この姿勢がもっと他にも向いていたらなあ。今これを書きながらふいにそう思いましたが、まあ、それはおいといて。
さて、歌の反応が気になります。何人かの女の子が歌に合わせ体を横に揺らし、さらに何人かは一緒になって歌っていました。これは思いのほかの大成功といえるのではないでしょうか。歌いながら私は、そんな女の子一人ひとりとさりげなく視線を合わせ、必殺のさわやかスマイルです。さらに後のことを考え、彼女たちの顔をチェックし、記憶に刷り込みました。おっと、新郎新婦のご両親に会釈することも忘れてはいけません。そうしながら新郎新婦に手を振ります。君たちのおかげで今日はいい日になりそうだよ。
――いや、本当に大忙しでした。
そんなわけで非常にいい感じで歌を歌い上げ、スピーチのときとは違う、明らかに手ごたえを感じることの出来る拍手を受けて、私は壇上を去りました。
これで私の披露宴での仕事は終わりです。
乾杯! 一人でこっそり乾杯して、ゆったりと披露宴が終わるまでの時間を楽しみます。そうです。今はまだ、一時の休息をかみ締めているに過ぎませんでした。このあともうひとつの、私が主役のパーティがあるのですから。
そうして披露宴が進行し、終焉に向かっていく中、私は見逃すわけにはいかない、ひとつの事実に気がつきました。
あれ?
二度目のお色直しが終わり、新郎新婦がそれぞれのご両親に花束を渡します。新郎新婦はそうして会場を出て行きました。
二次会は?
「ねえ、二次会は?」
横にいた友人にそう話し掛けます。
「二次会? 知らんぞ」
披露宴に二次会がないなんて、そんなわけないじゃないか。
何を言ってるんだか。
しかし、誰一人としてそんな話を私に持ってきません。披露宴にはお決まりの、二次会の時間と場所が書かれたプリントとかも、回ってくる様子がありません。
そのときになってようやく私は気がつきました。
ひょっとして、二次会も私が自らセッティングしなくてはいけなかったんだろうか。
ガーン。計画の思わぬ落とし穴に、私と私の中の策士と野生熊はおののきます。誰かやっとけよ。わが友人たちながら、なんて行動力のない奴らだろう!
しかし、そうは言うものの、私は自らの失敗に気づかないわけにはいきませんでした。言い訳が許されるなら、スピーチと歌があまりにも晴れ舞台過ぎて、二次会のセッティングまで気が回らなかったのです。自分自身に言い訳をしても仕方ないのですが……。
こんな状況のなかでも、けれど私はあきらめてはいませんでした。
二次会がセッティングされていないのなら、今からセッティングすればいいのです。
幸い、私に対して好印象を持っているっぽい女の子は、ほぼ全員が私の頭の中に刷り込まれています。
彼女たちに今から声をかければ、何人かはきっときてくれるはずです。女の子がくるとなったら、友人たちも多分くるでしょう。
問題は、披露宴の二次会である以上、新郎新婦たちに一瞬でも顔を出してもらわなければならないこと。
私は披露宴の締めくくり、出席者が帰り際、待ち受ける新郎新婦と握手をしながら、新郎に率直に聞きました。
「ねえ、二次会どうする?」
「いや、明日早いからやめとくわ。あっち(新婦側の出席者)にもそういってあるから……」
「ええっ」
「おおい!」
友人たちが、私を呼んでいます。
「今から帰って麻雀するぞ」
「いや、俺は……」
「人数足りんし、来いよ。今日は朝までやるぞ」
彼らの左眼には「麻」、右目には「雀」と書かれていました。完全に麻雀以外見えていません。
「…………」
……ガックリ。
そうして、思わぬ形で私の計画は失敗に終わってしまいました。
画竜点睛を欠いたおかげで努力は塵と化し、残ったのは新たな教訓が少しばかり。
いいや、まだだ……まだ新郎新婦が新婚旅行から帰ってきたら、今日のことが何かを起こすきっかけを生むかもしれない――!
ええ、けっこう私は粘り強い(諦めが悪い)んです。
しかし、その後いろいろあって、しばらくも経たないうちに私は単身名古屋に引っ越してしまいました。
名古屋の暮らしは大変で、毎日がサバイバル。時間も金もない私に浮いた話の来ようはずもなく、使われなくなって久しいさわやかスマイルも、今ではすっかり錆付いてしまいました。
そうするうちに、友人家族に長女が加わったと聞いて、久しぶりに私は友人に連絡をとります。
旧交を温める一通りの暖かい会話の後に、友人が言いました。
「そういえばあの披露宴の時、お前がダントツ一番人気やったぞ。嫁さんがしばらくの間、『あの人誰?』とか『紹介して』とか、聞かれまくって大変やったちや。まあ、あいつは名古屋に居るき無理って、全部断っておいたけどな。はっははははははっ」
「ははははは……」
そんな話、聞きたくなかったっす。

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