時に人は、思いがけない出来事をきっかけに人生の転機を迎えることがある。
時に人は、思いがけない出来事をきっかけに人生の転機を迎えることがある。
たとえば私の友人鈴木君(仮名)は、私の知る限り三度、思いがけない人生の転機を経験している。
一度目は少年時代に起こった。ある時、彼を39度以上の高熱が襲った。高熱は一週間以上続き、彼は人生初めての入院を経験することになる。やがて熱は引き無事退院したのだが、もともと少し尖った性格で、物事を斜に見る傾向の強かった彼は、その経験により一つの確信を得ていた。すなわち、
「俺には種がない。だから、避妊する必要はない」
というネガティブなのかポジティブなのかよく分からない確信である。
特に病院で診断を受けたわけでもないから、完全に彼の思い込みなのだが、その思い込みは鈴木君の女性関係に奔放さを、人生観に暗い影を落とした。軽い気持ちで女性を誘い、軽い気持ちで女性と別れた。事を致すときは当然いつも『自然のまま』だった。
二度目の人生の転機は二十代前半に起こった。恋をしたのだ。鈴木君にとって初めての真剣な恋だった。しかし彼女には婚約者がいた。
幸いなことなのかどうか分からないが、彼女は奔放な鈴木君に惹かれるようにして出会った、奔放な性格の女性だった。
二人は彼女の婚約者にばれないように付き合い始めた。鈴木君は自分に種がないこともあり、生涯に渡って結婚しない決意をしていたし、そんな彼にとっては、彼女にいずれ結婚する相手がいるというのは決して辛いことばかりではない事実だった。鈴木君の彼女に対する思いは真剣だったが、自分には彼女に普通の幸せを与えてやれないという思いがあったから、いずれ奔放な彼女が自分から離れていった時に、彼女にきちんと居場所があるということに、鈴木君はなによりも安心したのだ。
鈴木君は彼女との二人だけの時間を大切にするために、他の女性関係をすべて清算した。友人との付き合いも一切しなくなった。仕事も辞めた。デート代は全て彼女が出した。
付き合いを絶った友人の中には私も含まれていたので、詳しい事情は知らないが、一年後、鈴木君は彼女に振られた。別の男のことが好きになったのだという。鈴木君は彼女を必死で引きとめたようだが、結局彼女は離れていった。
鈴木君は彼女に生活の全てをコントロールされていた。彼女を失った結果、鈴木君には何も残らなかった。
「俺にはなにもない」
それは鈴木君の二度目の確信だった。久しぶりに会った彼の顔には更に暗い影が落ち、人生にほとんど絶望しているように見えた。
それでも鈴木君は時間をかけて人生を立て直した。何度か転職を繰り返し、疎遠だった友人との関係を再構築した。立ち直った鈴木君は、不思議と以前の彼よりも魅力的になっていた。尖っていた性格もずいぶん丸くなり、先輩には可愛がられ、後輩に慕われた。
そんなある日のことである。慕われていた後輩の女の子と付き合うようになっていた鈴木君は、ある日、彼女から思いもよらない一言を告げられた。
「赤ちゃん、できちゃった……」
鈴木君にとっては青天の霹靂だった。少年時代から変わらず続いていた思い込みが生んだ、三度目の人生の転機である。彼は戸惑い、大いに取り乱したが、最後には腹をくくった。
そして今、彼は妻と4歳になった子供と共に人生を生きている。数度の転職を経て写真屋さんで働いている彼の今の夢は写真家であり、毎日夜遅くまで働いている。帰宅すると奥さんが出迎えてくれる。子供の寝顔を眺めながらビールを飲むのが日課だ。言葉を覚え始めた息子に「パパ、キライ」と言われることに目下悩んでいるということだ。
いつしか彼の顔に暗い影は見られなくなり、代わりに常に、どことなく驚いたような表情をするようになった。ひょっとしたら彼にはいまだに信じられないのかもしれない。決して得られないと思っていた幸福の中に今自分がいることを。
時に人は、思いがけない形で人生の転機を迎える。しかしそれまで歩んでいた人生より悪くなるとは限らない。良くなるとも限らない。そう考えると、人生とはなんと不安定なものなのだろうと思う。
しかしどうやら、人生が変化することを必ずしも怖がる必要はないようだ。
辛いだけの過去でさえも、時に素晴らしい新たな人生の呼び水にはなり得るのだと、鈴木君の人生は教えてくれている。果たして鈴木君の次の転機はいつ、どのような形でやってくるのだろうか。

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